今日は2月14日。いわゆる、バレンタイン・デー当日というわけだ。(ちなみに、鳳の誕生日でもある。おめでとう、鳳。)そんなわけで、我が部は朝から大忙し。この部には、なぜか人気者の男子生徒が多く、(誕生日の鳳以外にも)やたらとチョコを渡したいという女子生徒(・・・いや、中には男子生徒もいるか・・・・・・でも、それは置いといて。要は大勢の生徒)が押しかけ、部活動どころではない。
みんな、部員のことが本当に好きなら、部活動を邪魔するなんて、1番やっちゃいけないことでしょ・・・。と思うけど、肝心の部員たちが嬉しそうにしているから、何も言えない。
跡部先輩だって、「邪魔だ」とか言いながら、顔はすごく嬉しそうだし・・・。普段朝練に来ない芥川先輩も、今日に限って来てるし・・・。宍戸先輩は練習したいのかもしれないけど、あんなツンデレな態度じゃ、女の子はヒートアップするだけだ・・・。
朝から、ため息なんて吐きたくないけど、自然に出てしまうものは仕方ない。
「ったく・・・。」
1人呆れかえっていると、ここにもこのイベントを楽しんでいる先輩が。
「なんや、ちゃんは俺らにチョコ、渡してくれへんの?」
「そんなに貰っておいて、まだ必要なんですか?」
「俺はちゃんからのが欲しいんや。」
「そういう台詞は、彼女にでも言ったらどうです?」
「だって、俺彼女おらんもん〜・・・。」
「もん〜、じゃないですよ。さっさと、部活やりましょう。」
「まぁ、俺はえぇとしても。日吉の奴は、ちゃんから欲しいやろ〜。渡さへんの??」
「そんなこと、忍足先輩には関係ないじゃないですか。」
「わかってるって!ちょっと聞いただけやん。そない怒らんといてーな。ほな、朝練頑張ろか!」
そう言いながら、忍足先輩は私から逃げるように、その場を立ち去った。
全く、本当に暇な人たちなんだから・・・と、私はまたため息を吐いた。・・・まぁ、暇なのは事実だ。だって、先輩方はもう卒業も間近で、もちろん進路も決まっている人たちばかりだから。
だからと言って、1・2年の邪魔をしていいわけがない!!・・・けど、樺地は跡部先輩のために動いてるし、優しい鳳は女子からのプレゼントを断れるわけもなく・・・・・・。
結局、誰も部活になんて集中できていないわけだ。・・・1人の部員を除いて。
「なんで、こんなに盛り上がれるんだ・・・。」
「日吉。」
如何にも嫌そうに言ったのは、我が彼氏でもある日吉だ。
「お前も、そうは思わないか?・・・いや、思ってるからこそ、さっき忍足さんをあしらっていたのか。」
「・・・見てたの?」
「話までは聞こえなかったがな。」
それに少し安心しつつ、私も冷静に返す。
「まぁね。ただ、周りの女の子は、こういうイベント事に後押ししてもらわないと、好きな人と話せないもんなのよ。」
「そうか?今日以外でも、賑やかな奴が多いと思うが・・・。」
たしかに。特に跡部先輩ファン・・・もとい、跡部様親衛隊なんて、「キャー!!跡部様〜・・・!!」といつでも騒いでいる。さらには、そんな跡部先輩に差し入れをしようとする人たちもいる。
「じゃ、いつも賑やかな人も、いつもは賑やかじゃない人も合わさっているから、今日は人数が多いんじゃない?」
「なるほどな。・・・何にせよ、部活の邪魔になるという事実は変わらないが。」
呆れながら、それでも日吉は朝練を始めようと、コートに向かって行った。・・・・・・・・・この態度から、やっぱり、この男はバレンタインなどという行事には、全くもって興味が無いのだろうとわかった。
・・・だけど。一応、今日はバレンタインなわけで。一応、私たちは付き合っているわけで。私が何も用意していないわけはない。
日吉は甘い物が好きじゃないだろうし、何にしようかとか一生懸命考えていたわけで。・・・しかも、結構前から。まぁ、日吉が好きなんだし濡れ煎餅でいいかな、とか思ったんだけど・・・。せっかく、渡すんだから、手作りの物にしたくて。でも、濡れ煎餅なんて、作り方とかわかんないし。だから、ネットで調べて、何度か試作とかして・・・・・・・・・現在に至る。
まぁ、こうなることも大体予想はしてたんだけどね。と思いつつ、さっきまでとは違うため息を吐いていたら、朝練の時間は終わってしまった。
運良く私は日吉と同じクラスなので、一緒に教室に入ったのだけれど・・・。そこでも、日吉は呆れていた。・・・と言うのも、日吉の机にはピラミッドさながらに、プレゼントの箱が積み上げられていたからだ。そして、日吉の性格から机の中は普段綺麗にしてあるのだろうと思うと、そのプレゼントたちは恐らく、実際には目に見えている以上の数があるはずだ。
「どうしろって言うんだよ・・・。」
「頑張って持って帰って、ってことじゃない?」
「はぁ・・・。」
朝練のときに渡された物とかは断っている日吉だけど、こういう物はどうしようもなく、渋々紙袋に詰めていた。
・・・ちなみに、この紙袋は、今朝私が渡した物だ。まぁ、言わなくてもわかるとは思うけど、日吉の下足箱の中も同じような状態になっており、そのときに私が渡したのだ。・・・・・・去年のことで、こうなるだろうとわかっていたし。
その後、休み時間になる度に何人かの子が訪れ、日吉にチョコを渡そうと試みていた。・・・だけど、日吉は直接渡された分は、例外なく全て断るため、中には泣いて帰る子も居た。
そんな中、私も渡せるわけがない。・・・まぁ、私は一応、日吉の彼女なわけで。それぐらいしたっていいのかもしれないけれど、今日の状況を見る限り、私たちが付き合っていることを知っているのは、ごくわずかなんだろう。中には知った上で、日吉に渡す人もいるだろうけど、ほとんどの人は知らないからこそ、日吉に渡すんだと思う。
たしかに、学校でイチャつくようなことはしないし(いや、学校外でもしないけど・・・)、おそらく知っているのは、部員(と言っても正レギュラーのメンバー)ぐらいじゃないだろうか。本当は、このメンバーにも言うつもりはなかったのだけど、忍足先輩やら跡部先輩やらがウザく・・・じゃなくて、何度も私たちのことを気にしてくださっていたので、仕方なくお知らせしたまでだ。
・・・何にせよ。この状況で、自分だけが日吉に渡すことはできかった。
そして迎えた、放課後。もちろん、私たちは部活動があるんだけど・・・。何だろうなぁ・・・、これ・・・・・・デジャビュ?いや、そうじゃない。本来、デジャビュとは初めてのことでも、今までに見たことがあると感じる錯覚のことだ。だって、これは錯覚じゃない。
そんな私の目の前には、朝練と同じ光景が広がっていた。
「だから・・・部活ができないって・・・。」
ため息を吐いている私でさえ、「跡部先輩に渡してもらえませんか・・・?」などと頼まれるので、私もマネージャー業に集中できない。
休み時間などに頼まれることもあったけど、私はそれら全てをお断りしている。好きな人に直接渡せないという幼気な少女たちの頼みを断るのは、すごく胸が痛むのだけど。でも、日吉のように全て断ろうとする人もいる。だから、私の勝手な判断で受け取ることはできないと、その子たちには丁重に説明した上で、お断りさせていただいた。
・・・あと、日吉に渡すことになったら、面倒だしね。一応、彼氏ですから。
その一応彼氏さんの日吉は、やっぱり部活中も、周りの女の子たちの様子の所為で、嫌そうな顔をしていた。・・・やっぱり、部活に集中したいんだろう。だったら、私もそれを邪魔するわけにはいかないので、結局渡せずに部活は終わってしまった。
「今日は書くこと・・・あまり無いか・・・。」
部誌に向かった私だったけど、早々にペンを置いた。隣の部屋では、部員たちが着替えているため、日吉が言いに来てくれるまで、ここから出ることはできない。(まぁ、マネージャーなんだし、別にそれぐらい許してくれるとは思うけど・・・。親しき中にも礼儀あり、というやつだ。)しばらく暇になるから、と私は自分の鞄から、手作りの濡れ煎餅を取り出した。
・・・さて、これはどうしたものか。家に帰ってから、自分で食べようかとか、家族と食べようかとか・・・。普通なら、そうするんだけど。今回は、慣れない物を作るため、ここ数日試作をし続けていた。その度に、家族に食べてもらい、自分でも食べていた。・・・正直、これ以上家族も食べたくはないだろう。私もさすがに飽きる。とは言え、自分で作ったものは、最後まで自分で責任を取らないと・・・。
「はぁ・・・。どうしようかなー・・・。」
そう呟きながら、机の上に置いた濡れ煎餅を見つめていると、部屋のドアが開いた。
「着替え終わったぞ。お前は終わったのか?」
「えっ?!あ、うん!・・・今日、いつもより早くない?」
「あぁ。・・・どいつもこいつも、さっさと帰りたいようだったからな。」
「なるほど・・・。みんな彼女待たせてんのね〜。」
「さぁな。で、お前は何してるんだ?」
「ん?何って・・・。あ。」
別に、忘れてたわけじゃないけど・・・。普通に会話が進んだから、日吉も気にしないでいてくれるかな〜とか思ったり・・・。その期待は、あっさり外れて、日吉はこちらに近付いてきた。そして、その視線は明らかに、机の上にある袋に目が行っている。・・・もちろん、中身は例の濡れ煎餅だ。
「・・・・・・これは・・・?」
「いやぁ・・・、ハハハ・・・。」
「何だよ。」
「別に・・・。」
苦笑いで誤魔化そうとしたけど、日吉は怪訝な顔で私を見たあと、また袋に視線を戻して言った。
「・・・お前から、ってわけじゃないよな?」
「えぇっと・・・。」
「どっちなんだよ。」
「う・・・。まぁ・・・、そう。私から日吉へ。」
日吉が機嫌悪そうに聞くから、私も渋々答えざるを得なかった。それを見て、余計に日吉が不機嫌になった。
「・・・・・・なんで、そんなに嫌々なんだよ。渡したくなかったのか?」
「渡したくないと言うか・・・。日吉が要らなさそうじゃん。これ以上、荷物を増やしたくないでしょ?」
せっかく可愛い女の子達がなけなしの勇気を振り絞って、日吉の机や下足箱に置いといたものを『荷物』呼ばわりするのは、非常に申し訳ないけれど・・・。でも、残念ながら日吉にとっては、そう思われているだろうし、一応彼女という立場の私が渡した物であっても、残念ながらそうなるのだ。
「あのなぁ・・・。じゃあ、から貰ったやつは、ここで食えばいいのか?」
「そういう意味じゃないけど・・・。」
「まぁ、いい。・・・開けてもいいんだな?」
「どうぞ。」
相変わらず、なぜか面白くなさそうに言う日吉に対して、私もいい加減な返事をした。
「・・・・・・煎餅・・・?」
「・・・うん、濡れ煎餅。日吉が好きだろうから、さ。」
「お前・・・。今日、バレンタインだぞ?」
「だから?」
「普通、チョコレートじゃないのか?」
「だって、日吉は甘い物とか、そんなに食べないでしょ。」
「それはそうだが・・・・・・市販品の物を詰めただけ、か?」
「ううん、作った。」
「・・・これを?が?」
「うん。家族にも食べてもらったし、食べられないことはないだろうけど・・・。日吉が好きな味かはわかんないよ。」
「・・・・・・・・・そうか・・・。」
不機嫌な様子は無くなった日吉だったけど、袋から出した私の作った濡れ煎餅を、まるで検品でもしているかのように、じっと見つめていた。
「・・・変な物は入ってないから、大丈夫だよ。」
「わかってる。」
そう言ってから、日吉はそれを口にした。
・・・・・・私がそう言ってから食べたってことは・・・やっぱり、変な物が入ってるって思ってたんじゃないの?!とか考えてしまったが、せっかく戻った日吉の機嫌を損ねないためにも、我慢しておいた。
それに・・・。正直、日吉がどんな感想をくれるのか聞きたかったから。そのために、私は日吉が食べて、何かを言うまで、口を開かなかった。
「・・・・・・うん。さすがに売っている物とまではいかないが・・・素人が作った物だから、この程度だろう。」
そして、日吉の感想はそれだった。・・・・・・もっと、言い方ってもんがあるでしょ。
日吉は二口目を食べ、また言った。
「が、少し味が薄い。」
・・・・・・・・・ごめん。私の限界が来てしまった。
だってさ!日吉のために考えて、一生懸命作って・・・。今日だって、渡そうかとかやめようかとか、いろいろ悩んで・・・!!で、その結果がこれ?!そりゃ、日吉はこういうことが苦手だってことはわかってる。でも、それでも!
「文句があるなら、食べなくていいです。返して。」
「あぁ?・・・じゃあ、誰が食べるんだよ。」
「私が食べる。もしくは、他の誰かにあげる。」
「だったら、俺が食べる。」
「でも、美味しくないんでしょ!」
「そうは言ってない。」
「言った。」
「・・・・・・とにかく、俺が貰ったんだから、これは俺の物だ。今更、返すつもりはない。」
「だから、無理に食べなくていいって言ってるの!」
私が日吉をキッと睨みつけて言うと、日吉が視線を逸らした。・・・まさか、私ごときの睨みつけで、日吉が動揺するとは思えないけど・・・でも、日吉は確実に目を合わさなくなったし、そして、すごく言い難そうに口を開いた。
「・・・無理に食べてるわけねぇだろ。・・・・・・が作ってくれた物なら、何でも食う・・・。」
その言葉から、私の迫力に負けたわけではないとわかった。
これは、・・・もしかしなくても・・・照れてる?そう思ったのも束の間、すぐに日吉はいつもの調子で言った。
「無論、食べられる物に限っての話だが。お前の場合、食べられない物が出来てしまう可能性も高いだろうからな。」
ニヤリと笑いながら日吉はそう言ったけど・・・、もう遅い。さっきのは、絶対に照れていた。そして、今のはそれを誤魔化すために言っただけ。・・・わかってはいたけど、そんなことを言われ、正直イラッとした。
「だから、先に『食べられないことはない』って言ったでしょ!それなのに、その後も日吉は不安そうに濡れ煎餅を眺めてたし・・・。」
「そういうわけじゃ・・・。」
「じゃ、何よ。」
「それは・・・・・・が作ってくれたものを、すぐに食べるのは勿体ない気がしたから、少しの間見ていただけだ。」
またも素っ気無く言う日吉。・・・・・・本当、照れ屋。
さすがに、私の機嫌も直ってきた(と言うか、口元が緩み始めた)ので、(それを誤魔化すためにも)笑顔で答えることにした。
「そっか。ありがとう。」
「お前が言う必要は無いだろ。俺が貰ってるんだから。」
「そう?でも、嬉しかったから。」
「・・・それも俺の台詞だ。・・・そもそも、貰えるなんて思ってなかったからな。だから・・・・・・ありがとう。」
やっぱり目を合わせることなく、日吉はそう言ったけど・・・。日吉がそんな言動をするときは、本当にそう思ってくれてる時だとわかるから、私もそれ以上は何も言わなかった。
今日は、何度も何度も「“一応”彼女」とか「“一応”彼氏」とか、そんなことを考えていたけど、“一応”なわけはなかったんだと、今更なことを実感していた。
「それで、残りもここで食べていいのか?」
「うん、どうぞ。」
「ここで食べると、少し帰りが遅くなるぞ?」
「そんなの、ほんの少しでしょ?大丈夫だって。・・・まぁ、持って帰ってから食べてくれてもいいけど?」
「それは止めておく。」
「どうして?・・・あ、家の人に何か言われそうだから?」
「それもあるが・・・。兄さん辺りに勝手に食べられていたら困るからだ。」
「そう?」
「当たり前だ。せっかく、が作った物を・・・・・・って、そんなことはどうだっていいだろ。とにかく、ここで食べるからな?」
「は〜い、どうぞ。」
なんとなく、自分が作った物を目の前で食べられるというのは、少し気恥ずかしかった。だけど、日吉の言葉一つ一つが嬉しくて・・・それぐらい我慢しようと思えた。それに、やっぱり少しでも一緒に居られる選択肢を選んでおきたいというのもあった。今日は、運良くみんなの着替えも早く終わったし、少しぐらいなら大丈夫だろうから。
日吉の部活の邪魔はしなかったけど。私も結局、忍足先輩方のように、このイベントを楽しんでしまったようだ。・・・人のことは言えなかったみたい。もちろん、日吉もそうだけどね。
間に合いました、バレンタイン!!今年は、ちゃんとメイン(?)の日吉くんに・・・(笑)。
と言っても、本当は今年書くつもりなかったんですよ。2月までにネタが思い付かなかったので、書けないだろうなぁと思って・・・。でも、2月の第1週に友達とメールをやり取りし、バレンタイン妄想(笑)をしていたら、ネタが舞い降りて(?)来たんです!!というわけで、テスト後から頑張って仕上げました〜!その友達に感謝です!!(笑)
今回、舞い降りて来たネタは・・・「文句とか、めちゃくちゃ言ってくるけど、結局食べてくれる」日吉くん(笑)。オチとかは相変わらず、微妙なんですけど・・・とりあえず、その部分を書けたから良しとします(苦笑)。でも、もっと文句を言わせたかった気もします・・・。
バレンタインに、こんな作品で申し訳ないですが・・・。何にせよ、皆様が素敵なバレンタインをお過ごしになられることを願っております♪
('09/02/14)